Remember today. Shinichi-6
「……へぇ、すげーじゃん」
部屋の奥のドアを開けると、そこには小さな露天風呂があった。
大人二人でちょうどいい石造りのそれと、正面に広がる景色。
立ち上る白い湯気と、注がれている源泉の音が癒しを誘う。
服部が「風情がある」といったのも頷けた。
確かめるように、足先を湯に入れてみる。ほどよい温度の湯ににっと笑うと、全身を沈めた。
じんわりと沁みる温かさが心地良い。
やはり温泉は違うと思う。疲れが溶けだしていくようだ。
湯船の縁に頭をもたげて空を見上げると、たくさんの星が瞬いていた。
あっちじゃ見れねーなぁ。
明るすぎる都会では、一等星あたりがやっとといったところか。
スパンコールを散りばめたような星空は、ネオンを消さない限りお目にかかれないだろう。
目を閉じる。
さわさわと、枝葉が風に揺れる音。その音に耳を傾けながら、思い切り伸びをして、ゆっくりと深呼吸をした。
「……気持ちいいかも」
緊張がほぐれて、気分が落ち着いてくる。
閉じた瞼の裏に、今日一日のコトがとりとめなく浮かんでは消えた。
――またかよ。
考えている自分に苦笑する。
けれど、落ち着いた分少し余裕ができたのか、昼間のように動揺はしない。
それにしても――。
考えたコトもなかったな。アイツのことなんて。
コナンという子供の中から、俺を見つけた、唯一の男。
バレた勢いのまま、一緒にいるような気がする。
そしてそれが当たり前になっていて。
考えてみれば、珍しいことだと思う。
傍から見れば「親友」という域だ。
そこにヒトを入れている、俺。
「不思議……」
それだけの魅力がアイツにある、ということか。
――まあ、ある……といえばある……ような。
では、と言葉にしようとして、結局それは形にならなかったけれど、感覚は確実に受け入れている。
「ったく……」
考えればドツボにはまるのは目に見えているのに。
なのにどうしても、考えてる。
――重症、だな。
呆れたように思って、小さく息をつく。
ふわり、と瞼をあげた。
変わらず星が瞬いている。
どのくらい時間が経っただろう。
そろそろ熱くなってきたし、上がった方がいいだろうか。
ぼうっと思いながらも、まだ上がる気にはならなくて、今度は縁に両肘をつきしな垂れかかる。
組んだ手の上に顎をのせて、虚ろに景色を眺めて。
やっぱり頭に浮かぶのは……。
「服部、なぁ……」
波間を漂うような思考に、深く捉われていく。
プライドがある。
でも、ぶちまけられるのは、アイツだけだろう。
弱みなど見せたくはない。
でも、弱気になってしまった時は、必ずと言っていいほど拭い去ってくれた。
過去、あの存在が助けになっていたことは、確かだったのだ。
改めて意識したコトに、思わず照れ隠しのように俯いて笑む。
――実際。
服部との距離はとても近い。
今日初めて気がついて、驚いてしまうほどに、自然にそばに。
けれど背中合わせでいるように、遠くも感じた。
プロセスは違えど、謎を追い解こうとする本質は一緒だろう。
一人では振り返らなければ後ろは見えないが、背中合わせでいれば、三百六十度見渡せる、そんな感覚。
……まあ、楽な相手、だよなぁ。
言わなくても伝わるあの感覚は、結構クルものがある。
現場に立つのがより楽しくなった――というのは不謹慎だが、事実なのだ。
例えて言うなら――。
もう一つの目ってところ……か?
一人のときと比べたら、アイツがいた方が断然やりやすい。
認めたくなくとも、もう否定はできないだろう。
ふぅ、と息をつく。
――いったい俺は、何が欲しいんだ……?
考えたところで答えなど出ず、迷走するだけ。
いやそもそも、何の答えを出そうとしていたのかさえ分からないのに。
ハマりこんだループに出口はない。
強制的に断ち切らないと、動くことすらできない。
このままではいい加減のぼせて倒れるだろう。
こんなところで倒れでもしたら……。
それは、マズイ。
いや、マズイなんてもんじゃない。
「……出よ」
ざばり、と勢いよく立ち上がった。
一瞬くらりと目眩がしたが、無視してざばざばっと上がると、中へ戻った。
手早く拭いて下着を身につけると、浴衣に袖を通した。
そろそろ、服部も戻っているだろうか。
そろりと襖を開けて、窺うように部屋へ入る。が、部屋は静かなままだった。
掛け時計を見上げる。あれから三十分以上は経ってるだろうか。
入るときに時間を確認したわけではないから、正確なところは分からないのだが。
まあいいか、と独りごちて、備え付けの冷蔵庫を開けた。
中からミネラルウォーターを取り出して、口をつける。潤ったノドに、吐息がこぼれた。
ふと辺りを見回して、団扇があるのを見つけた俺は、いいものがあるとばかりに笑うと、それを手に取った。
窓辺に歩み寄り窓を開けると、手近にあったイスを引っ張ってきて、腰を下ろす。
頬に当たる風が気持ちよかった。
けれど湯上りの火照る身体はおさまらず、もう少し肌で風を感じたくて、襟元をくつろげた。
窓枠に頬杖をつき、ぼんやりと外を眺めながら、緩慢な仕草で団扇を煽ぐ。
時折指先で、無意味に団扇をくるくると回しながら風を送った。
――あ。そういや、さっき。
こうして眺めていて、光が目に映ったコトを思い出した。
重なり合う木立の向こうに見えた光。
あれは何だったんだろう。
気になるなと思ったとたん、調べてみたくて、うずうずしてくる。
どうしようもない性だな、と、呆れてはみるが、こればかりはしょうがない。
明日の予定、まだ決めてなかったよなぁ……。
ちらりと頭をよぎった。
気になったコトを服部に言ったら――。
そのあとの行動は、おそらく一つしかないだろう。
下手なことをして、またか言われるように、事件にでも遭うかもしれない。
ここまで来てそれは……。
「ないとは言えねぇな」
転がり落ちた言葉に、はははっと苦笑を浮かべる。
忘れた方がいいだろう。
自分一人ならともかく、いの一番に飛んでいきそうなヤツが一緒なのだ。
フォローするのはどうせ俺の方になる。
面倒だ、と言い聞かせるように呟いた。
そうやって頭から追い出してしまえばいい。
そう思うのに、どうやって動こうか、頭の片隅で算段している。
「困ったね、俺も」
と、入り口の方で音がした。人の気配がする。
――服部のヤツ、戻ってきたのか。
ゆっくりと振り返ると、ちょうど服部が襖をあけたところだった。
目が合うと、あ、と小さな声を漏らして、部屋へ入ろうとしていた服部がピタッとその足を止める。
見るからに情けない顔をして、彼は立ちつくしていた。
「何やってんだ? 服部」
「いや、何でもないで……。たぶん」
「はあ?」
かしかしっと頭をかいて俯いたと思ったら、今度は首を傾げている。そして、足を踏み入れるのを、俺がいぶかしむくらいにためらってから、服部は部屋へと入ってきた。
座イスにすとんっと腰を落ち着けると、座卓に両肘をついて頬杖をつく。
そして小さくため息を吐いた。
「何だよ。どうかしたのか?」
「んー?」
頬杖のまま、服部は俺の方を一瞥して、生返事を寄こした。
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