Remember today. Shinichi-4
あのバカ! なにが飲んでしもた、だっての!
すたすたと歩きながら、俺は心の中で悪態をついた。
口、つけちまったじゃねーかっ、思いっきりっ。
つまり、間接キス、というやつになってしまった――わけで。
ばっかやろーーーっ!
胸の内で盛大に叫んで、思い出して照れた。
唇が熱くなった気がする。
思わず逃げ出したい衝動に駆られて、俺は走りだしそうになった足を寸でのところで抑えた。
とりあえず深呼吸をして、沸騰しているキモチを静めようとする。
なんというか、無駄な努力のような気もするが、とにかく落ち着け、と言い聞かせながら、深く息を吸った。
別に、服部のしたことが、悪いというわけではない。
待っていろと言ったのは俺だし、ペッドボトルを投げたのも俺だ。
服部は気にして待っていたのだし、喉が渇いたというのを我慢しろというほど、俺も鬼じゃない。
そう。
水を飲んだことなど、別段取り立てて気にするようなことではないのだ。
服部は「すまん」と口にしたが、文句は言っても怒るようなことではない。
それ以前にだ。
間接キスになったなんて、アイツはそれこそ、どうとも思っていないようで。
だいたい、中学生の恋愛ではないのだ。その程度で騒ぐなんて馬鹿げてる。
俺が意識しすぎているだけ。ただそれだけなのだ。
分かってる。
そう分かってはいる――けど。
残念ながら、俺には表情まで取り繕う余裕がなかった。
気持ちのままの、たぶん、怖い表情になっているんだと思う。
そんな、一人ぐちゃぐちゃになっている自分が恥ずかしくて、俺は顔を隠すように俯いた。
まったく、自慢のポーカーフェイスはどこへ行ったというのだ。
そう思っても、ふつふつとわき上がる想いに、情けなくも飲みこまれている。
ぎゅうう、とペットボトルを握りしめた。
べつに、このボトルが悪いわけではないのだが、まるでマグマのように湧く感情の捌け口にするように、力任せに握る。
パキ、と音をさせて凹んだのに気がついて、俺は手から力を抜いた。
同時になんとなく疲れてしまって、がっくりと肩を落とす。
それとなく、ちらりと背後を振り返った。
服部がこちらを見ていて、俺は慌てて前に向き直る。
ったく……なにやってんだ、俺は。
服部の眼に、今の俺の行動はどう映っただろう。
さすがにそろそろ、ヤバイかもしれない。
きっと、このままの状態でいたら、確実にどうしたと突っ込まれる。
それだけは止めてもらいたい。
嫉妬して、間接キスにうろたえました、だなんて、死んでも言えない。
しらず、ため息がこぼれる。心なしか、歩く足も遅くなった。
ようやっと、宥めてきたってのに――。
はっきりいって、前以上の混乱の中に突き落とされてしまった。
もう、抜け出すのは難しい気がする。
いやそれじゃ、マズいんだって……。
俺は思わずむっと顔をしかめた。
とはいえ、きれいサッパリ忘れることができないというのなら、いったい、どうすればいいというのだろう。
これから――。
考えて、固まる。
アイツと、二泊もするというのに――。
「……帰りてぇ……」
ほろりと呟きがこぼれた。
朝の、あの浮かれた気分が嘘のように消えてしまった。
こんなことなら、旅行をOKするのではなかった。
そんな後悔にさいなまれる。
それなら、マジで帰っちまうか。
そう思うが、行動には移せなかった。
行ってもいいと思ったのは、事実だったのだ。少しばかり楽しみにしていたのも。
本心をいえば。
本当にここから帰りたいとは思っていない。
ただ。落ち着くための時間が、もう少しほしいのだ。この混乱を、もう少し上手くコントロールできるだけの。
息をついた俺は、歩いていた足を止めた。目的の場所についてしまったからだ。
自販機の近くに置かれたゴミ箱に、ペットボトルを捨てる。
のろのろとポケットから小銭を出すと、選ぶふりをして自販機の方を見やった。
迷うことなんてないのだが、服部のところに戻りづらくて、必要以上に時間をかける。
だがそれも、いつまでもという訳にはいかない。
どこかずっと、服部の目が俺を捉えているような気がしてならなくて。
何か、変な動きをすれば、きっとアイツの目に止まる。
そこまで考えて、俺は自分自身にげんなりとした。
――考えすぎ、だよなぁ……。
緩慢な動きで、ボタンを押した。
あ、と思ったときにはすでに遅く、また同じものを買ってしまっていた。
まったく、どこまで散漫だというのか。
いい加減、自分に腹が立ってくる。
だいたい、だ。
だいたいどうして俺が、ここまで悩まないといけないのだ。
悩むのもだんだん、バカらしくなってくる。
それならもういっそ、認めちまう、か――?
嫉妬も何も、思ってしまったことは事実なのだ。それを否定しようとするから、捉われれる。
ならば、事実は事実として、受け止めればいい。
まあ、ただ単に諦めたというだけなのかもしれないけど。
そう思ったら、幾らか気が楽になった。
ふうっと息をついた俺は、ペットボトルを開けた。
口をつけようとして一瞬動きが止まったが、最初のように動揺するほど、気にならない。
ボトルを傾けて調子よく飲む。落ちていく水に合わせて、気分も静まっていくようだ。
――大丈夫そう、だな。
そんな自分に気分の上向いた俺は、くるりと踵を返した。
まっすぐ、服部のいる方を見る。
俺に気付いた服部が、ひらひらっと手を振った。
大丈夫だ――。
よし、と心の中で勢いづけて、俺は服部の方へと足を向けた。
「わりーな」
そう言って苦笑すると、服部はおう、と小さく答えただけだった。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「いや――なぁ……」
はあ、と息をついて、服部が立ち上がった。
どこか、落ち込んだように見えるのは、気のせいだろうか。
服部、と声をかけようとすると、それ遮るように、服部がじいっと俺を見やった。
「な、おい?」
「ん、いや、気にしなや。ちゅうか、もうええんか?」
「なにが?」
「なにがって……いや、とりあえず落ち着いたんかな、思うて」
「あ……まあ」
わずかに視線を外しながら、答える。
やっぱり、というのか、完全に隠し通せてはいなかったらしい。
「ほんなら、ええんやけど」
服部が、ふっと笑みをこぼした。
安堵した、というようなその表情に、一瞬ドキリとしてしまった。
なんというか、くすぐったさを覚える。
「あ、のさ」
そわそわとしてしまった俺は、気を逸らそうと慌てて口を開いた。
「なんや?」
「あと、どのくらいで着くんだ?」
「こっからやと、まあ一時間あれば余裕やな」
「――そっか」
「そろそろ行くか? それとももう少しここにおる?」
服部の言葉に、俺はふと空を見上げた。
陽が沈むまでには、まだ時間がある。だが黄昏時になれば、視界は今よりも悪くなるだろう。
服部の腕を信用していないわけではないが、ここまでずっと運転しているのだ。負担は軽い方がいいと思う。
それに、ここにいると伸ばし伸ばしにしたところで、今日はもう宿泊するのは決定しているのだし――。
そうなれば、心は決まる。
「あんまり遅くならねー方がいいだろ? そろそろ行こうぜ」
「せやな。そうするか」
服部がうんっと伸びをした。駐輪場に向けて歩き出す。
「頼むぜ、服部」
その後を追いながら、俺はぽんっと背中を叩きながら言った。
と、驚いた顔で服部が振り返った。
「工藤……」
「な、なんだよ」
変なことを言ったつもりはないが、そう驚かれると、困ってしまう。
はたと動きを止めてしまった服部に、俺は文句を言おうと口を開こうとした。
「――おっしゃ! 任せときや!」
が、それを遮ってにっかりと笑いながら拳を握った服部に、俺は思わず吹き出した。
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